■好きを仕事にしてはいけない?

ずいぶん前だが、Twitterで、「好きなことは絶対に職業にしちゃいけない」という主張が流れてきた。曰く、「つらくなったときに気分転換できない」「はけ口がなくなってつらい」。

いや、わかる、わかるんだ。職業でなくても、私も大学までは「星が好き」という気持ちだけで行動してきた。そのせいでつらいこともいっぱいあったし、星が嫌いになりかけたこともあった。

天文学者を志して、でも言うほど頭も良くなくって、浪人した。浪人してやっと天文ができる大学に入って物理と宇宙な人生を謳歌していたのに、肝心の卒業研究で逆流性食道炎を発症した。星が好きで物理と天文だけをやっていたかったのに、文章を書くのが好きで好きでたまらない自分が大嫌いだった。そんな自分に目をそらしてやりたかった研究に着手したのに病気で研究が進まない自分が大っ嫌いだった。

毎日悔しくってつらくって、そんな自分が嫌いという気持ちが余計に自分を追いこんで身動きがとれなくなったとき、「もしも星が好きじゃなかったら……。」「いっそ星が嫌いになれたら……。」って何度も思った。「星が嫌いになったら、星が好きな私に優しかった人々はいなくなってしまうんだろうか?」ってつまらないことを考えて本気でおびえていた。

今まで嫌なことがあったらプラネタリウムに行ったり星を見ればそれなりによくなったけど、そうなってしまうとその手も使えない。どうして星を見て元気が出たのかわからない。そうしてまた身動きがとれなくなっていく。どうにか卒業したときも頭が真っ白になった。本当に私はこのまま星が好きでいられるのか?このまま星に人生を捧げられるのか?って。

好きなことのためだけに生きると、それが足かせになってしまうこともある、逃げ場を失うこともある、ていうのはそんな経験で多少は分かっているつもりだ。あのツイートは形は違えど、そんな自分を思いだして少しだけ胸が苦しくなった。

でも、色んな事を考えて、いろんなひとと話した今は、それほど自己嫌悪にもならなくなった。
あのツイートを見て少し思ったことを書いてみる。

■”好きなモノ”はいつ嫌いになったっていい

思うに、そんな状態になっているときには好きじゃなくなっているんじゃないか。そしてそうなってしまった自分が、あるいは、「好きだったモノを嫌いになりかけている自分」が受け入れられずにどつぼにはまってしまうんじゃないか。

これに対する私の答えはただ一つで「別にいつ嫌いになってもいいし、いつまた好きになってもいい」である。私の場合、そう考えるようにしたらだいぶ気が楽になった。もしそうなったとしても、それもまた自分の意志だ。

耐えられないほど「好きなことを続ける」のが苦しいのなら、嫌いになっても仕方がないし、ほとぼりが冷めて恋しくなったらまた好きになればいい。(ただ、好きが仕事になるとお金が関わるから、嫌いになっても転職先が決まるまでは続けないといけないのは確かにつらいだろう)
なによりも感情は自分の意志はどうにもできないんだ。
大嫌いになりたい人を好きになってしまったり、
大嫌いになりたいものを好きになってしまったり、
好きでいたいのに心のどこかで気持ちが冷めてしまったり。

 

■苦しめているのは本当に”好きなモノ”なのか?

自分を苦しめているのは”好きなモノ”とはかぎらない。
”好きなモノ”に触れていても周りはそう甘くはないんだ。
お金の問題、人間関係、身体の限界…、”好きなモノ”を身近に置くほど、いろんな問題がとりまいていく。

個人的には人間関係が一番つらいかなって思う。ネットみたいに付き合う人を選べるわけでもないし、どうしても向き合わなければいけない人もいる。(そう思い込んでいるだけのこともある)
生活がかかわるとお金の問題だって無視できないだろう。

そんな問題をちぎって別々に考えてみると、”好きなモノ”にはなんの罪もなかったりもするのだ。

 

■”好きなモノ”は苦しめもするし、救いもする

私はどうだったかというと、結局好きなままだった。一時期星の話題見るのもつらかったし、かなり嫌いになりかけたんだけども、今は前と同じくらい、いやもっと好きかもしれない。なぜかって?

「”好きなこと”に苦しめられることもたくさんあるけれど、”好きなこと”に救われることもたっくさんあるから。」

忘れかけているかもしれないけれど、だからこそこれまで好きで居続けられたんじゃないの?今は好きなことに苦しいと感じていても、純粋に楽しかった時の記憶は色あせない。
いや、色あせないようにしようと思ってる。色あせないような楽しい思い出をたくさん作ろうと思ってる。

 

■絶対なんてあるんだろうか?

いろいろと思うところはあったけれども、なによりあのツイートを見て「そっか好きなことは絶対に職業にしちゃいけないのか……。」と感じる人がいたら、私は悲しいな。好きなことを職業にしちゃいけないなんてありふれた世間話かもしれないんだけど、やる気をそぐようなことをいうのもよくないよ。もちろん、それくらいでやる気がなくなるならやめちまえ!って人もいるんだろうけど、本人は真剣に悩んでいるかもしれないのをあっさり悲観させる必要もないんじゃないかな。

いまはネットを活用している人もたくさんいて、人脈がなくても実力があれば人の前に出られるようになった。SNSで探せば同じ趣味や職業の人もよく見つかるようになった。
いろんな人が頑張ってくれたおかげで、いろんな人生のロールモデルもできた。

今の時代は前よりも”好きなモノ”を貫きやすい時代なのかな、というのが私の甘い考えだ。
だからこそ「”好き”を職業にしちゃだめ」はちょっといただけないな、と感じてしまった。

■正直、”好き”でやる仕事は”ホントの好き”とちょっとズレる

私は一応ライターだけども、仕事でものを書くときはもちろん好き勝手書いていいわけじゃない。
かならず、「今回はこんな企画です」「こんな人が読みます」「これくらいのギャランティーです」「文章ルールはこれです」などいろんな注文や規約がついてくる。
そんななかで作り上げるものは100%自分の”好き”を注ぎ込んだものとも限らないのだ。
むしろ最初のころは仕事を選べないので気が進まない仕事もあった。

デザイナーさんやイラストレーターさんだってそうだろう。
ユーチューバーさんだって好きなことばっかりできるわけでもなく、動画編集や視聴者に喜ばれる工夫をしつづけなければならないだろう。

だからこそ仕事での”好き”と趣味での”好き”はちゃんと両立する。
”好き”な仕事での疲れや鬱憤は、趣味での”好き”で癒すことができる。

 

 

いずれにせよ”好きなモノ”を貫きたくて悩んでいる人は、簡単に「いいんだ」「ダメなんだ」と納得せずに自分なりのカタチを考え抜いてほしいなって、思う(少し上から目線でごめんなさい…)

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