時間を心から惜しむ、愛するというのは難しい。

最近、目覚めの朝に蝉がないていると「ああ~、今日も暑いのかなあ……」とクーラーのきいた家に引きこもりたくなるてんもんたまごです。
季節は真逆ですが、今日は冬の季語でもある「愛日(あいじつ)」についてです。

 

■愛日

私の好きな言葉の一つに「愛日(あいじつ)」という言葉があります。
意味は以下の3つです。

①冬の日の暖かい太陽
②日を惜しむ、時間を大事にすること
③時間を惜しんで親孝行すること

冬の暖かい日差し、ささやかな日常、親孝行できる時間、どれも限りある時間です。
そしてそんな時間を愛して、惜しみ、大切にする。

そんな心が私はすこし羨ましくもあり、この「愛日」という言葉が好きなのです。

ところで、俳句では少し違った意味でこの言葉が用いられているみたいですよ。

 

■俳句では

俳句での「愛日」は ①冬の日の暖かい太陽 という意味が強いみたいです。

が、主として「冬の一日」という意味で詠まれるようです。暖かい日差しに限らず、暮れやすく短い一日をまるごと惜しむ言葉としても用いられます。

冬の日や己を抱きて猫眠る 加藤瑠璃子

 

■実際、難しいよね

「限られた時間を惜しんで大切にする」ってきっとすごく素敵なことなんだと思います。普段自覚できない日常やささやかな幸せがたくさんあって、後悔することのないように一日一日を大切に過ごすことが肝要なんでしょうね。

……でも実際、難しいよね。

毎日過ごしてれば、「ろくでもない一日だった!」と感じることもありますし、悩んでいるときには、なかなか冬の暖かい日差しも目に入りません。生活の各場面で親のありがたみを感じても、なんだかんだで親孝行を実践できなかったり、態度で示せなかったりするんです。
かと思えば、ふだんあまり気にしないくせに嫌なことがあると「今日一日無駄にした!!」と考えてしまったり、ね。
もしも私が「愛日」を自然に実践できる人なら、私はこの言葉には一切惹かれなかったでしょう。

実際にはそれが出来ていないから、
でも出来たら素敵だと感じるから、
「愛日」という言葉に惹かれるんです。

毎日を無駄にしているからダメだと考えるのではなく、ときどき「愛日」という言葉を思い出しては、「うーん、今日くらいは時間を大事にしようかな。」と少し心がけてみる。
これくらいが、この言葉とのちょうどいい距離感なのかな、と考えています。

これを読んでくださっている方、
今日は有意義に過ごせましたか。

私はちょっと寝坊してしまいましたが、それなりに楽しかったです。

明日はいい日になるといいな。

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