私はある日久しぶりにポストの前に立って考え事をしていた。手に持った年賀状の宛先は5年もの間連絡の途絶えた古い友人である。彼女は県外に住んでいたものの高校の時の戦友とも言うべき友人だった。同じ夢を持ち、同じ趣味をもち、ともに励ましあい、ともに笑いあいながら、学校生活を、受験期を過ごしてきた。

けれど私は彼女ほど優秀ではなく、日に日に弱気になっていった私は、ある時ひどく弱音を吐いた。それはずっと私のことを励まし、同じ道を歩む志を持った立場としてもショックがあったろうと今では思っている。しかし当時はそんな余裕もなく、彼女自身もそうであったはずで、ひどく怒られ、反発し、そして文通も途絶えてしまった。

5年の月日が経って、私は大学の卒業を控えている身となった。彼女との連絡は途絶えたままだったが彼女の3年遅れで大学に入り、どうにか自分の志した道にしがみつき、卒業研究も佳境までたどり着いた。そんなあるとき鞄からひとつおまもりが出てきた。それは私が浪人時代彼女が送ってくれた受験守りである。そのお守りが届いたときはとても嬉しかった。彼女が、遠くにいながらも応援できることをさがして、実際に行動に移してくれたことがとても嬉しかった。今、彼女は元気だろうか。頑張り屋で優秀だったから、もう私のずっと先に行っているかもしれない。けれどもうそれに引け目はとらないくらいにこの五年はそれなりにできることをしたつもりだ。戦友よりも、なによりも、旧来の大切な友人としてもう一度文通がしたかった。そうして私は半ば緊張しつつも数年ぶりに年賀状を買い、筆をとったのだった。

 

もし彼女が引っ越してしまっていたら、彼女との縁もそれまでのことだったのだろうと思っていたが、ポストに入れた年賀状が送り返されることは無かった。けれども年賀状の返事もくることはなく、メールが来ることもなく、私は半ば不安になるつつ日々を過ごしていた。

返事がきたのは数ヶ月後のことである。梅の花が咲き始めて、ほんの少しだけ春の香りがする頃だ。そのはがきが来て私は驚いた。私の知らない彼女の5年の間、彼女は全く違う新しい夢を見つけ、それに向かって学校を変え、しかもあれほど優秀だった彼女が悪戦苦闘中だった。年賀状には難しい試験の直前で返事ができなかった詫びと、年賀状に対するお礼が添えられていた。私の知っていた頃の彼女とは似ても似つかない近況報告に初めは驚いていた。けれど、次の日もう一度どのはがきを眺めると紛れもなく彼女だ。どこにいても彼女は相変わらずがんばっているのだろう。そしてもう進む道に関係なく友人として接してくれるのだろう。そう思って彼女の五年前と変わらない、少し丸みを帯びつつ、筆圧強めに丁寧に書かれた文字を見ていると、なぜか涙がぽろぽろと出てきたのだった。

 

 

(*´・・)<数年前の正月の話。公募用に書いたけどそのままになってしまったもの。

※noteにも掲載中

 

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