冬の季語に「枯野見」という言葉があります。

 

枯野見って?

初めてこの言葉を聞いたとき、すぐには意味が分からなかったのですが、枯野見とは「冬の暖かい日などに郊外の枯野の景色を見に行くこと」(日本国語大辞典)だそう。なるほど、枯野見の「見」は花見の「見」なんですね。私の勝手な「枯野」の想像ですが、枯れ野原の向こうに人の生活があって、寒々しい空気の中にも柔らかい日差しの温かみがあって、とぼとぼ歩く人の向こうで月が傾いていく…、そんな様子でしょうか。実際に「枯野見」をしたことはないのですが、何となくさみしさが心に響くことばです。

どこに見に行ったの?

明治三十五年発行の「東京風俗誌」には、枯野見の名所として早稲田、雑司ヶ谷、向島が載っています。郊外というか、意外と近い。江戸にとっての郊外なのでしょう。でも、今の各地の様子からは、あんまり想像できませんね。

 

枯野にはどんな句があるの?

やはり季語である以上、どんな句があるか気になったので調べてみました。

 

旅に病で夢は枯野をかけ廻る 芭蕉

有名な一句。芭蕉さんの生前最後の句です。小林一茶の「うつくしや障子の穴の天の川」もそうですが、病床での句って心をえぐる破壊力があります……。

家建ちて硝子戸入るる枯野かな 渡辺水巴

ガラスのひんやりした感じ、新しい家の匂い、枯野の組み合わせと情景が私は気に入ったのですがどうでしょう?

旅人の蜜柑食ひゆく枯野哉 正岡子規

これはまさに枯野見していた人なのかなあ。みかんを食べながら眺めて去っていくのがハイキングらしいです。

 

みんなの「枯野見」

人によっていろんな枯野の情景があると思うし、同じ枯野を見ても感じるものは人それぞれでしょう。冬の暖かい日なら枯野へおでかけというのもいいのかもしれませんね。俳句をするひとなら吟行かな。

 

 

(*・ω・)<地元なら阿蘇の俵山のあたりが綺麗ですが、関東だとどのあたりがいいのだろう?河川敷あたりかなあ?

 

 

 

 

 

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