約ひと月前、俳句大会でいろんな句会を教えていただいた結果、家から通いやすそうなふたつの句会に行ってみることにしました。はらはらどきどき、桜舞う人生初の句会です。(初めての俳句大会と句会探しについてはこちら

 

句会とは

そもそも句会とは文字通り「俳句の会」です。俳句愛好者があつまり、切磋琢磨して俳句作りを上達するのが目的です。句会のおおまかな流れは、下のようになります。

1.参加者が俳句を作って持ち寄る。(投句)

2.作った人の名前を書かずに一覧にして、そのコピーを一人一人に配る(清記)

3.各々、気に入った句をいくつか選ぶ(選句)

4.選んだ句を読みあげる(披講)

5.句について助言したり意見交換をする(選評)

 

実際にいくつの句を提出するか、選句を誰がするか、選評がどれくらい厳しいか、全体の作風など細かい部分は句会によりけりです。というわけで実際に句会へ突撃してみました!

 

ひとつめの句会

・雰囲気:句会の流れをきっちりくんでやっている雰囲気。コメントも俳句の細かいルールに言及している、まさに勉強会。ルールに厳しいので自分で作ったものの中でも「たぶんこれがいわゆる俳句」というものを投句しています。でも句会が終わるとOFFモードになってわいわい反省会(飲み会)へ。参加者の年代は中年~高齢がメイン(私にとっては親世代~祖父母世代くらい)

厳しめとは書いていますが、皆さん趣味人なこともあって、すごく品があって優しいんですよ。「今日から俳句のお仲間です。」と先生に言われたときはすごくうれしかったし、句会後の飲み会では俳句だけでなく人生についての話も聞けるし、飲み会まで含めて素敵な句会です。

 

・いざ、投句!

春の昼うつらうつらと筆おとす

作ったときのこと:春の昼は眠たいなあ、俳句書いてるペン落としそうだなあと思って作りました。

反応:「なぜ筆??」確かになんで筆にしたのか過去の私に聞きたい……(これを書いているときは11月です;)

 

傷つくも瞳にごらず猫の恋

作ったときのこと:猫の恋って季語が好きで作った句。実家の猫に求愛しに来た野良猫がけんかに負けたのかボロボロに傷ついていたのを思い出して。

反応:一人だけこの句を選んでくださったのですが、その方の選評で「若い感性で作られた句だ。たぶん詠んだのは若い人か若い心を持った人だ。」とおっしゃってて「うわああああ、ばれてるううううう!?」と思ってドキッとしました(笑)その方はすごく俳句に精通している方なのですが、この句を見ただけでそんなことまでわかるんだなあと感心しきりです。

 

春深し昨日の私はセピア色

作ったときのこと:よく思い出せない。春深しの私の中のイメージカラーがセピア色だったのかも。

反応:「セピア色!?どうしたの!?」と、会場がざわめきました;

 

春の昼砂糖少なめダージリン

作ったこと:まさにこのまま。春の紅茶はおいしいです。

反応:「初心者はまずこういう句をたくさん作っていきましょうね。」と言われました。「うーんダメってことなのかなあ?」と最初は感じたのですが、今思えばまずはこういう日常の一コマを句にしていく感覚を身につけましょうってことだったのかもしれません。

 

 

ふたつめの句会

・雰囲気:ひたすらユルい。575に季語一つさえ守ればいいですよというルール。後期高齢者のお茶会のような雰囲気なのでコメントもルールも優しい。どこまでユルいかというと、「もし兼題(事前に言われる俳句のテーマや季語、お題みたいなもの)で作れなくて無理やり変なの作ってくるなら兼題句はなしでいいよ!!」ってくらい。なのでひとつめの句会ほどレベルも高いわけではないのですが、自由なだけに時々面白い発想や着眼点に出会えるし、私自身も「こういう句はありなのかな?」というチャレンジ用の句はこっちに出してます。参加者の年代は後期高齢者がメイン。

行ってみてまずびっくりしたのは、句会メンバーの皆さん、ものすごくあっけらかんとしているんですよね。平然と「だって明日には死んじゃってるかもしれないし」なんておっしゃるし、私の悩みやもやもやしていることを全部笑い飛ばしてくれるような寛容さがあります。俳句はもちろん人生の大大大先輩の視野の広さに、なんとなく心が救われる時が多いです。悩みもあるのでしょうが、「酸いも甘いもなめつくした!さあ次は何をしようか!」ってくらいのポジティブさを感じます。

 

・いざ、投句!

 

この花を見よとばかりの遅桜

先生の添削→哲学の授業抜け出し遅桜

作ったときのこと:咲き遅れた桜もきれいで、「この人を見よ」ってくらいの存在感とインパクトを感じたから。

反応:「ちょっと口調が強すぎるかな?」この人を見よを基にしているのは伝わったので、先生の添削では「哲学の授業」にかわっていました。

 

春の昼砂糖は少なめダージリン

先生の添削→春の昼砂糖ひとさじダージリン

作ったときのこと:ひとつめの句会に同じ。

反応:「春の昼という感じはつかめていていいね。でも俳句はできるだけ客観的に表現したいんだよね。”少なめ”は具体的な量じゃなくて少し主観的だから、もう少し客観的な言葉に変えよう。」ということで添削では「少なめ」から「ひとさじ」に変わっていました。「少なめ」が主観的とは考えたこともなかったのですが、ひとさじにすると少なめより少し大人っぽくなりますね。

 

もういっそどっちも通おう!

ひとつめの句会は、すごく勉強になるけどルールにきびしめ。

ふたつめの句会は、おもしろい発想に会えるけどゆるいから上達できるか心配。

結局どうしたかというと、どちらにも通うことにしました。どちらも月に1回なので掛け持ちは可能だし、両方の特徴を活かせば「発想が面白くてきっちり俳句になってる」ものを作れる俳人(廃人じゃないヨ!)になれちゃうかも!?「そうなれるのは、いつになることやら……」ですが、少しでもいいことをたくさん吸収したいですね。

 

というわけで次回かふたつの句会に通ってがんばるぞ~!

 

(*・ω・)<という矢先に、私の故郷である熊本で大地震が起きたのです……

 

 

 

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