「ふふん。いいおまじない知っちゃったんだー。」
ポニーテールを左右に揺らしながら通学鞄をふりまわす彼女は、そういってだいぶ置いてきてしまった僕の方を振り返った。彼女の顔を隠す逆光を恨めしく思いながら、僕はため息をつく。

「本当にそういうの好きだねえ。きみだから可愛いとも思えるけど。」
「なにかいった?」
「何も。で、今度はどんなおまじないなの?」
「石鹸に願い事をかいてそれを使い切ると願いが叶うの。”素敵な人に出会えますように”って書くんだっ。」

石鹸って。よくある磨耗しきってる頃には叶っているであろうおなじないの類なのか。彼女は本当に懲りない。毎週のように新しいおまじないを見つけてきてはなぜか僕に逐一失敗談付きで報告してくる。成績が上がるおまじない、友達と仲直りできるおまじない、しゃっくりが止まるおまじない。僕には関係ないものばかりだ。石鹸だって使い切るのにどれだけかかってると思っているんだろう。…そんなことお願いしなくても、それだけあれば新しい人にだって出会うこともあるかもしれないじゃないか。

「ふうん。まあせいぜいがんばりなよ。」
「わ、その言いぐさ、ぜんぜん信じてないでしょー!」
なんとなく面白くなくて吐き捨てると、彼女はいつものように怒ったふりをして夕日を蹴り上げ、傾くポニーテールの陰で今度は本気なんだから、と小さく呟いた。

****

一ヶ月がたった頃だろうか。彼女が帰り道にいつも通り失敗報告をした。いつも通りじゃないのは、そのおまじないの効力が否定されたわけではないかもしれないことだろうか。一ヶ月前はまだ明るかったこの時間も、今ではすっかり街の灯火に包まれる時間になっていた。

「毎日一生懸命石鹸を消耗して何度も髪も身体も洗ったのに素敵な人どころか出会いもないよ!やっぱり眉唾だったのかなあ。」
前方から鞄をふりまわしながらどかどかと歩く音が聞こえる。今日はご機嫌ナナメなようだ。

「そんなことはないかもよ。僕のお願い事は叶いそうだし。」
それを聞いた彼女がぱっと声色を変えて、こちらを振り向く。

「珍しいね。同じおまじないやったの?なになに、何、お願いしたの?今後の参考までに教えてよ!」
「だめ。秘密だよ。」
「えー、ずるい。私の願い事は教えたじゃん!教えてよ。」

僕がおまじないをしたことがそんなに珍しいのか、いつもずっと前を歩く君がすぐ側まで詰め寄って困ってしまう。おやつを見つけた子犬のように飛びつく彼女を適当に鞄で隔てて素直に言ってみる。

「もし、”君が素敵な人と出会えずにこれからもずっと僕と帰ってくれますように”だったらどうする?」
「…そんなの、欲張り、だよ。」

鞄の向こうでつと静寂が訪れる。ああ、まただ。彼女の顔を隠す早い日の入りが恨めしい。彼女はポニーテールをゆるく振りながら、また僕の前を歩く。しばらく歩いて星も出てきた頃だろうか。君はあどけない唇で、馬鹿だねえ、と笑いはじめた。

「馬鹿だねえ、私たち。」
「うん、馬鹿だったね。」

彼女よりも早く石鹸を使い切らなくてはと躍起になった自分にも、何も知らずに張り切って石鹸を使ったであろう彼女にも、どうしようもなく苦笑がこぼれる。

「石鹸ひとつ、無駄にしちゃった。」
「そうだね。」

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