「ねえ先生、先生の今のねがいごとはなあに?」
折り紙を貼り合わせて作ったピンクの短冊を持った女の子が目を輝かせて私にそうたずねた。
「そうねえ、みんなが早く立派な大人になることかな。」
「えー、それでいいの?つまんなーい。」

口からすらすら流れ出たテンプレート回答にその子は頬を膨らませた。鬱陶しい梅雨があけて、子ども達が汗で制服を張り付かせて登校するようになった頃、小学校の各教室では七夕の準備に浮き足立っていた。それは私のクラスでも同じことで、短冊をたくさん抱えて願い事を考えていた女の子がふと飾りの準備ばかりしている私を見て声をかけたのだろう。

提出された短冊の数々を眺めていると、自然に頬がゆるんでいく。あれになりたい、これになりたい、あれもこれもほしい、世界征服、世界平和ですら、私にはあの子達のいろいろな未来が想像できて心が軽くなる。それらをまとめて大切にしまったとき、ふと鞄をもつ手が止まった。

___私は願い事なんてみんなわすれてしまったな、と。

帰り道のスーパーで七夕セットを買って、願い事を考えながらふらふら歩いて石ころを蹴ってみた。私だって子どもの時は山ほど願い事があって、小さな魔女っこと呼ばれるほど色んなおまじないを知っていたのに、気がついたら一つもねがいごとが思い浮かばなくなってしまった。どうしてだったかな、滑稽に頭をひねってみてもよくわからない。
「きっとどうでもいいことだから、わすれちゃったのかも。」

七夕はただのイベントだから頭を悩ませる必要なんてないし、都会の空じゃ天の川はおろか星もたいして見えないし、願いは自分でかなえるものだし…。そう考えてどんどん思考に蓋をしていったら、いつの間にか家についてしまった。

翌朝、スーパーの袋から出してもいない七夕セットをどうしようかなどと考えながらまた短冊の整理をしていたら、一人だけ短冊を提出していない生徒がいることに気がついた。

「どうしたの?願い事、思いつかないの?」
休み時間中短冊を眺めていたその子にそう尋ねてみてもその子は顔を真っ赤にしてうつむいたままだ。私の頭には色んな不安がよぎっていた。けれどその子は、違うの先生、とそっと私の耳元に近づいてこういった。
「ほんとはね、おひめさまと正義の味方になりたいの。でも両方はきっと難しいし、笑われちゃうから…。」

その願い事のあまりのかわいさに思わずくすり、と笑いたくなったがそれをぐっとこらえて、とってもすてきな願い事じゃない、恥ずかしがらずに書いていいのよと頭をなでた。頭をなでながら、言い訳を重ねて願うことをやめた自分が恥ずかしくなった。大人の目から見て叶うか叶わないかなんてモノとは別に、昨日みんなの短冊を見たときに楽しい想像が心を軽くしてくれたことが、何よりも大切な真実だろうに。

「ねえ先生、先生の今のねがいごとはなあに?」
「うーん、世界一素敵なお嫁さんになって、でもずっとみんなの先生でいられて、タイムマシーンで平安時代に旅行に行って、老後は丘の上に小さな天文台建てたいな。」
「先生よくばりだーっ。」
クラス中がどっと笑顔になった。
いいなあ、僕も戦国時代にいきたいなあ。あーわたしお嫁さんってかきわすれたー!口々にそう話しながら短冊を増やす子達を眺めながら、私も帰ったら七夕セットを組み立てようと心にきめた。

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