真理は口の中の種を確かめるようになめて、ひとり困惑していた。目の前の健はその事にまったく気づかないようでメロンソーダの氷をストローでつついている。
初めて二人で出掛けようと提案し、妥協に妥協を重ね、紆余曲折あったもののどうにか一緒に近所の散歩にこぎつけたのはよかった。なんの特別な外出でもなかったが、歩いてみるとよく知る近所でも全てが真新しく見えた。彼がしいたけが好きだということも知ることができた。パステルカラーのおしゃれな喫茶店に入り、おいしいパフェを食べ、残しておいた紅茶をゆっくり飲みながらさあ、もっと話そうとしたときに事件は起きたのだ。

__さくらんぼのたねをどうすればいいかわからない。

彼女の頭の中はいまやそのことでいっぱいだ。近所デートだからと完全に油断していた。スプーンに出して皿の脇におくのか、ティッシュで見えないようにくるんで出せばいいのか、いやそれだって正しいとしても口から物を出すのを見られるのは気恥ずかしい。ティッシュで口をふく振りしてそっと出そうか。きっと口の動きでばれてしまうだろう。一旦席を離れようか。それだって失礼かもしれない、というよりその方が恥ずかしい。

真理はとにかくよそ見をしてもらおうと思い切ってたねをほっぺたのほうに追いやって、
「あ、UFO…。」
と窓の外を指してみたが、彼がそう簡単に窓の外を見ることもなく、どうした、疲れた?と心配そうな目で見られただけだった。パフェの皿にぽつんと残されたさくらんぼのへたが真理をあざ笑う。当初の目的通り談笑しようにも今はこの危機をどう乗り越えるのかでいっぱいいっぱいだ。メロンソーダの氷がからんととけてグラスに滴がしたたる。外では初夏の風がさわやかに吹いているのだろう。素敵なデート日和なのにたったひとつのさくらんぼのたねが二人の会話をはばんでいた。

「あの…、ひょっとして一緒に出掛けてもあまり楽しくない?さっきから様子変だし。」
ふと氷をつつくのをやめた健が不安を口にした。その言葉に意表を突かれておばけでも見たよう顔をして固まっているとさらに言葉を続けた。
「僕、こういうこと初めてで、エスコートとかもわからなくて、すみません…。商店街で真理さんがちくわが好きなことを知っただけでも僕には有意義な外出だったのだけれど、そんなんじゃまだまだだよね。もしなにか気に障ることがあったら素直にいってくれていいから…。」
「いや!そういうことではなくって!」
苦笑する彼を見て、跳ね返るように声を吐き出す。
「すごく楽しい!楽しいよ!楽しいんです!私だってきみがしいたけすきなことがわかっただけでも今日は素敵な日だよ。ただ、素直に、正直に、言わせていただくとですね…。」
「は、はい!なんでしょう!」
なぜか出てきた敬語につられて健が赤いふかふかのソファーから背を離して手を膝の上に戻す。その面もちはやはりどこか不安気だ。
「正直にいうと、その…。」
「はい。」
「さくらんぼのたねを出したいからちょっとあっち向いててほしいというか…。」
さくらんぼ…?と唱えながら健はしばらく目を泳がせた。パフェの中にぽつんとおちているヘタをみてようやく合点がいったようだ。

結局、しばらく健に後ろをむいてもらって事を済ませ、今までで一番といっていいくらいいろいろなことを話すことができた。これで解決かと思いきや、真理はしばらくパフェを食べるたびに後ろをむくのは今か今かと身構える健の姿を目にすることになるのである。

この記事を共有する!