ある日の昼下がり@江津湖
ある日の昼下がり@江津湖

熊本は私の故郷だ。

嫌いなところもたくさんある、悪いところもたくさん知っている、やりたいことができなかったから自分自身は熊本ではなく東京にいる。上京したって全くホームシックにならなかったし、帰省する頻度も少ない。両親にも薄情(笑)って言われるし、私自身未練もないと思っていた。

それでも熊本は私の大切な人たちや、心をいやしてくれた自然や文化財のたくさんある故郷なのだ。今回の震災で予想外に自分の感情がゆすぶられているのを感じて、私はなによりもそれを強く思い知った。

熊本地震を知った日から、ひたすら自分に「考えろ、考えろ」と言い聞かせながら自分の出来ることを探している。けれど収入源がアルバイトの私はあまりに無力だ。心だけは側にとメール等の連絡をしても、ツイッターで少しでも熊本のいいところを広めて関心を持ってもらおうと工夫してみても、それが正しいのか分からずにいる。

そんな迷いの中にあっても熊本は私の故郷だ。

地震情報や、熊本の知人の近況をfacebookで確認すると、あまりに痛々しい生の声、殺伐とした避難所の状況をありありと書かれていて心が痛む。しかもそれが自分の恩師だったり、高校時代の友達だったりする。かといって、自分が地震で揺られたわけでもないので気落ちするわけにも、生活を止めるわけにもいかず、むしろ少しでも家計の足しにしなければならない。だから地震が起きてからも毎日いつも通りにアルバイト先でニコニコしている。(むしろ増やすつもりでいる)それが最適解だと思いつつもそんな自分があんまり好きになれずにいる。

そんな苦悩の中にあっても熊本は私の故郷だ。

気持ちを切り替えなくてはと、地震情報からしばらく目をそらすために街を歩いていても地震の文字がすぐに目につくし、喫茶店に入ったときは地震のことで口論している人を見つけた。福島と熊本の人だった。それを聞いてしまって心がふっと暗くなりそうになる。自分が被災したわけじゃないのにこんなに歯がゆくて苦しい思いをするのはおかしいと、自分でもわかっているのに。

それでも、それでも熊本は私の故郷だ。

しっかり立って、使えるものは何でも使おう。できることを少しでも見つけよう。熊本にいる全てのいとしいもののために、分けられるだけの元気を持とう。そう思って歯をくいしばり、私はまたいつもの日常に飛び込んでいく。

地震から感じていたことをつらつらと書いてしまったが、きっと同じような想いをしている同郷人や熊本を好きな人もいるだろう。どうかどうか一緒に乗り越えられますように。故郷である熊本に早く日常が戻りますように。

 

てんもんたまご

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