R0041306 唇をぐーっと力強くかみしめた二人の間をじりじりと蝉の声だけが響く。すべり台の上で見下ろすハナは怒っていた。すべり台はすべりおりてこそのすべり台なのに。滑り台の斜面で落ちないように踏ん張るミキも怒っていた。すべりだいは斜面に対抗して駆けのぼるのが絶対に楽しいのに。それに、それに、今日は一年ぶりに引っ越してしまった友達のハナと遊んでいるのに。八歳の二人の喧嘩は単純きわまりなかったが、意地はどこまでもこわばった。すべり台での遊び方について喧嘩して、口をきかなくなって早三分。じわじわあがる気温にさすような日差し、絶え間なく聞こえる蝉しぐれ。無言の二人はにらみ合ったまま静かに汗をたらした。
斜面で踏ん張っていたミキの手はだんだん痛くなってきた。すべり台の上で立腹しているハナとは違い、ミキは斜面で転がり落ちそうな身体をずっと足の裏と小さな両腕で支えていたのである。手の甲はもう真っ白だ。だから少しだけ、ほんの少しだけ片手を離して休めようとした。そうして、ハナをにらんだままゆっくり片手をはずしたとき、ミキはあっ、と小さな悲鳴を上げた。もう手は限界。握っていたはずの左手も静かに離れる。二人は見合ったまま。二人の距離だけがすう、と離れていく。少しだけ背中に風を感じた。そうして目をそらさないままに、地面まですべりおりてしまう。ミキは心の底で絶望を感じたが、顔には出すまいとした。二人をとりまく蝉がいっそう大きく鳴いている。
「ぷ。」
沈黙を破ったのは、肩をふるわせても、目をつり上げても、一生懸命唇を噛みしめていたハナだった。すべり台の上でおなかを抱えて爆笑するハナを見て、安心したようにミキも吹き出した。
「もう、ミキちゃんおもしろすぎ。」
「あー。なんで喧嘩したんだっけ、ねえ。」
「バカなことしたねえ。」
「ねえ、家に帰っておやつでも食べようよ。」
そう笑いながら手をつないだ二人が公園を飛び出た。次に会える日は小学生の二人にはまったくわからない。家に戻り、二人で分けたバニラアイスはどこまでも冷たくて甘かった。
…美紀は、実のところハナのフルネームを忘れてしまった。三十年前の記憶が確かならあの日以来逢っていないはずだ。ハナも自分もそのあとすぐにまた越してしまった。けれどあの幸せだった、けれど必死すぎた友情を忘れることはないのだろうな。美紀はそう考えながら、ゆっくりバニラアイスの口を切った。

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